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振袖

着物 アパレル

振袖とは元は未成年が着るための和服でしたが、今は未婚の女性が袖模様の黒留袖や色留袖を格式ある行事などの礼装として着るように変化してきました。主に成人式や結婚式での披露宴で着用されます。
振袖の一番の特徴は袖の袂が長いことです。自分に近いほうの袖端を縫っていない所を「振八つ口」といいます。
昔は男子も振袖を着用しており、色や模様柄も男女差がほとんどありませんでした。未婚女性の正装となったのは明治時代以降とされています。

振袖が今のように未婚女性の着物となった事の1つに、江戸初期(約400年前)の踊り子の風俗が上げられます。
これは、袖を振ると愛情を示す、袖に縋る(すがる)と哀れみを請う、などといったもので、それを未婚の娘達が真似をして大流行したため、振袖は未婚女性の着物という習慣が出来上がったと言われます。
また、袖を振るという仕草から、厄払い・清めの儀式に通じるとも考えられていました。結婚式や成人の日などに振袖を着用するのは、人生の門出に身を清めるという意味を持つようです。
このように昔から振袖は人との縁・魂を呼び寄せ、厄払い・お清めに通じると考えられていました。

裃は男子の正装の一種で、肩衣と袴を共布で作り、小袖の上から着ます。江戸時代に武士の最礼装として着用され、今でも伝統芸能などで用いられているのを見ることが出来ます。
裃は室町時代中期に直垂の袖を切って用いたことがその起源といわれていますが定かではありません。 裃の種類は通常の「半裃」や裃の袴の丈を通常のものの1.5倍程度に伸ばした「長裃」、肩衣と袴が共布ではない裃「継裃」があります。
裃という名前の由来は、上半身(肩衣)と下半身(袴)のセットで、共布で作られた着物であるところから来ています。

直垂

直垂は、起源は古墳時代からといわれており、平安時代中期〜鎌倉時代にかけて、武士の平服であった直垂が地位の上昇と共に正装として認められるようになりました。
従来は筒袖だった袖は時代と共に大きくなっていき、袴もくるぶし丈まで長くなっていきました。
大きい袖は、戦闘のときには邪魔になってしまうので、袖口に袖を絞る紐を通し、甲冑の下に着る鎧直垂として用いられるようになりました。
中級以下の貴族は、鎌倉時代後期には平服として利用するようになったと伝えられています。
室町時代には南北朝の動乱による貴族社会の地位の低下によって、公家貴族の平服として広まっていきます。
そして再び江戸時代には、直垂は高位の武家しか着られない服装となりますが、明治に入ると文明開化と共に直垂は廃れてしまいます。

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